このたびの令和6年能登半島地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

被害を受けられた皆様の安全と1日でも早く平穏な生活に戻られますことを心よりお祈り申し上げます。


さて、私の令和6年は、地震を経験することから始まりました。


私の兄と母が石川県河北郡内灘町に住んでいるため、長い休暇があると、大体は内灘町で過ごしています。今年の正月も内灘町で過ごしていました。そして、子供を連れて兼六園と東茶屋へ行った帰り道で地震に遭いました。最初は少し揺れているなと感じるくらいでしたが、徐々に揺れは大きくなり、緊急地震速報が携帯から流れる頃には、近くの電柱や交通標識が音を立てて揺れました。


揺れがおさまってから、スマートフォンで地震や津波の事を確認しようと思ったのですが、中々冷静になれずに、とにかく高台へ移動しなくてはと思い、兼六園まで戻りました。そこでようやく落ち着いて情報収集をする事ができました。その後、バスは動いていたため、金沢駅まで行けましたが、電車が止まっていたため、兄に車で迎えにきてもらい、家に帰ることができました。


兄の家は区画整理地にあり、電線や通信網が地下にある無電柱化の街となっているためか、地盤が強く、液状化現象は起きませんでした。家は家具が傾く程度でしたが、周りの古くからある隣街の建物は、テレビで報道されているとおりです。内灘町は液状化現象がひどく、道路が隆起していたり、電柱が傾いたり沈んでいたりと街は一変していました。能登半島ほどにはひどくありませんが、液状化現象等の被害により道路は通行できない箇所も多く、行動が制限されました。


兄の家は比較的被害は少なかったと思いますが、断水にあいました。幸い、兄の勤務先の金沢市では水が出ることから車で水を汲みに行きました。断水では、キャンプ用の蛇口付きのタンクが活躍しました。台所に置く事で食事や洗い物が楽にできたと思います。でも、断水で困るのはトイレです。トイレについては、汲んできた水をバスタブへため、各自がバケツで組んでトイレのタンクへ注いで解決していましたが、1階にあるトイレはタンクレストイレのため、流すのに一苦労しました。断水の場合は、タンクのあるトイレの方が活躍しますね。

地震発生から3日間、断水や夜中まで続く余震などがありましたが、
1月3日午後には高速道路が開通したため、無事名古屋へ帰ることができました。

地震で思うことは、備えが必要だという事です。例えば今回活躍した、蛇口付きのタンクなどです。給水車が来てもタンクがなければ、水を運べません。下水道が利用できなければ、そもそもトイレの利用ができないかもしれません。その場合は、簡易トイレが必要です。

能登半島では、断水に加え、停電もありました。テレビの報道で見ましたが、電気がない夜は真っ暗です。「断水したら」「停電したら」「ガスが止まったら」など考えて、私は地震に備えようと思います。みなさんもぜひ、地震に備えてください。